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長谷川昌徳の履歴書

少年時代のこと
小さなころは、わんぱくで、勉強嫌いの子供でした。友達にいたずらを仕掛けたり、塾や習字などの習い事に行かなかったり。成績もあまりよくなかったので、当時、私が通っていた小学校の校医をしていた父は、出来の悪い息子のせいで、大変恥ずかしい思いをしていたようです。

この頃、父が歯科医ということもあり、歯科医は「人から感謝をされる仕事」なんだと思っていました。父からは特に「後を継げ」とは言われませんでしたが、父の仕事を見ていて、いつの間にか、「自分も歯科医になりたいな」と思うようになっていたようです。

大学時代
一応歯学部には入学したものの、臨床は楽しかったのですが、勉強自体は楽しくなく、何度も留年しかけました。「留年したら退学させる」という父の脅しのおかげで、なんとか6年間で卒業。歯科医師国家試験は我ながら人生の中で一番出来がいいと思えるくらいの好成績で合格出来ました。

両親が相次いで他界してしまいました
大学5年の時、父が肺癌で他界。それから1年後の大学6年の時に、父の後を追うように母が脳腫瘍で他界しました。幸か不幸か、大学時代は名古屋にて1人で下宿しており、卒業試験や国家試験に集中しなければいけない時期だったので、その悲しみを紛らわすことが出来たように思います。

また、あまりにも突然の出来事だったため、なかなか実感できなかったというのも本音です。そして今思うと、両親がいなくなってしまったことで、強くなろうと思えたのかも知れません。甘えを断ち切って国家試験に立ち向かえたことで、今の自分が存在できていると思えます。

勤務医時代
小室歯科小室甲院長の元で7年間、修行させていただきました。大学時代にさぼっていた分、この時期の経験は大変勉強になり、開業しても必ず成功できると確信できるまでに学ばせていただきました。優秀な先輩もたくさんいらして、本当にためになりました。小室院長と先輩方に大変感謝しております。

開業、そして現在
院長あいさつ開業当時は、歯科医院としてのシステム的な部分は、インプラントや予防歯科など、それぞれの分野で成功している歯科医院の実例を学び、「いいとこ取り」をする形でベースを固めました。

また、それ以外のことは、何事も「根本的に患者さまのためになることをする」「患者さまに喜ばれる歯科医院であろうとする」その中心がブレなければ良いという思いを常に持ちながらやってきました。

そして現在、院長である私の最重要任務は「スタッフが楽しく働ける環境作り」だと考えています。スタッフに如何にストレスなく働いてもらえるかを考え、みんなに協力してもらっています。
今はまだ、スタッフに感謝する側なのですが、「スタッフから感謝される院長」になれるよう、努力しているところです。

今後も、スタッフにも、患者さまにも、情熱と熱意を持って対応していればきっと、「どういうことをしていけばいいのか」が、自ずと見つかるはずだと信じています。


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